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山北の猟師 杉本一さん〜自然界のまなざしで、人間社会を編んでいく〜前編

出逢った「この人すごい!」人物を勝手にルポするシリーズ第一弾!

山北に住む猟師歴60年を超えるイノシシの声を聞く男、杉本一さんをご紹介します。 



鹿の角がずらりと並ぶ迫力のご自宅

父親の背中を追って

 山奥に住んでいる猟師と聞くと、人里離れてひとり厳かな生活をしているようなイメージをしてしまうが、杉本一さんは、いつでも心の近くでお話してくれている感じが印象的な81歳。

 家にお邪魔すると、無数の鹿の角と猟犬の鳴き声が飛び込んできて、その”異空間”に圧倒されてしまう。けれど、すぐに、惜しみないお話をしてくださる一さんの語り口に引きこまれたのだった。


 「一本杉っていうんだよ、おれの名前はよ。おれは五男坊なのになんでか親父が ”一” ってつけてくれたんだ」


 名刺を差し出してくれながら、「杉本一」その名を逆から読んでの自己紹介から始まった、お父さんとのエピソード。


 一さんと父親とのつながりは深い。


一さんが12、3歳ころに鳥の猟に連れて行ってもらったことがある。お父さんは片手に苗木をぶら下げていて、あるところにくると、手近な枝で穴を掘っては埋める。


そんな動作を繰り返すお父さんに、「ここはおれん家の土地なのか?」と聞くと「いや、違う。だけどこの木が育ったらたくさんの実がなる。実がなっているうちは鳥が食べ、地面に落ちてからは四足動物が食べ、猟師はここへ来れば獲物に会えるんだ」と教えてくれたという。

 

一さんのお父さんは、一さんが15歳のときに急逝し、一さんはその背中を追うように猟師になった。一度イノシシを捕まえて、その肉を隣組の人たちに配ったときの大人たちの喜ぶ姿が忘れられなかったという。猟銃の免許は20歳からなので、高校を卒業後、数年のサラリーマン生活を経て、プロの猟師になることを志した。


「当時の会社の月給が5000円。それがイノシシ1頭2万、3万だ」


腕一本、プロになろうと思った。プロになった後、一さんの猟果で生計を立てる肉屋も7件ほどあったとか。自分の腕に、それだけの人生がかかっていた。だからこそ・・・


追求したプロフェッショナル


「何事も本気でやることだ」


語ってくれたのは、2つのエピソード。


「よろけたイノシシを、放っておいても倒れたんだろうけど、打ちそこねたのかと思ってもう一発撃ったんだ。おんなじところに当たってよ。」


同じところに当たるんだからすごいものだ・・・私は一瞬「成功談」を聞いているのだと思ったのだけど、それは違った。


「二発当たるってことは、それだけ銃痕が残っちゃうから、売り物になる部分が減っちゃうわけ。それを指摘されたわけなんだよ。」


もう一つのエピソード。


「森に犬連れて入ってよ。犬を放したら犬がダーッと下にかけて行く。そんでしばらくしても帰ってくる気配がないから、おれは回り込もうと思って尾根伝いに歩いていった。そしたら、犬がさっき自分がいたところまで駆けて戻っていく。もう50mくらいで元いた場所に戻っちゃう、そのすぐ手前でピタッと2匹の犬が同時に止まった。・・・そこからイノシシが飛び出してきやがったんだ。最初に犬を放した場所のそばにイノシシがいたんだな。イノシシが下まで降りて戻った、その跡を犬たちは追っていたわけだ。おれは100mくらい離れた場所から、それでも銃を撃った。そんで仲間に連絡したんだ。当時のおれはそんなところから当てる腕前じゃなかったからな。」


ーもうすぐそっちにイノシシがいくぞ!

ーいや、きません。

ーそんなはずはない。もうすぐ行くから待ってろ!

ー来ないぞ、見に行ってみろよ。


「そんなはずはないと思いながらも、さっき犬たちがいたところを探して山を登っていった。」


「たしかあのへんだったんだ」・・・思いだしながら話す一さんの視線がななめめ前をあおぎ見る。その当時の光景が繰り広げられていそうな気がして、私までその視線を思わず追いかけてしまうほどのまなざし。


「そこで、2匹の犬が唸っている声を聞いたんだ。行ってみると、やつらおれが行かないから、イノシシの耳とか鼻とか食べちまいやがって。そんなことしてるうちに、血抜きが30分くらい遅れちまったんだ」


こちらも100m離れたところからイノシシを仕留めた「成功談」になりそうなエピソードではあるものの、一さんは続けた。


「当時毎月イノシシを買っていた人が、吊るしてあった6頭を買っていった。 ”2発弾が入ったやつがいたな” “血抜きが遅れたやつがいたな” って。そんでおれは思ったわけ。これがプロの仕事だなって。自分もプロとして恥ずかしくないように、誰が見ても”これは杉本一が撃ったイノシシだ”って分かるように仕留められるようにと思って、それから射撃の練習もたくさん通った」


それから40年、射撃の腕は誰にも負けない自負がある。


イノシシの行動も話す言葉も、誰よりも分かる自負がある。


後編へ続く〜



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