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山北の猟師 杉本一さん〜自然界のまなざしで、人間社会を編んでいく〜後編

出逢った「この人すごい!」人物を勝手にルポするシリーズ第一弾!

山北に住む猟師歴60年を超えるイノシシの声を聞く男、杉本一さん、後編です。




継続する人にだけ、失敗は発見に変わる


「ノーベル賞を獲った山中伸弥。あの人はきっと、誰よりも細胞を勉強して、自分より分かるやつはいないくらいずっとずっと、細胞のことばかり考えていたはずだ。おれには分かる。だから失敗を発見に変えたんだ。おれがノーベル賞を獲った人と同じとは言わないが、おれもイノシシのことばっかり60年やってきた。」


「あるとき、イノシシを追っている時に”お前は馬鹿か、イノシシの行動をよく見てみろ”って天に言われたことがあるんだ。なるほど考えてみると、イノシシが眠くなってから取る行動には同じパターンがあるんだな。それからおれは眠っているイノシシに見つかることなく撃てるようになったんだ」


私はお話をしていて一貫して、一さんは「失敗」を一般的に言われているような「失敗」だととらえていないんだな、と感じた。恥とともに自分の胸に閉じ込めるでもなく、成功も失敗も一つ一つの大切な経験として、毎日を積み重ねている。


きっと、ひょうひょうと、淡々と。


そんな一さんの研究熱心さは、イノシシにとどまらない。養蜂も40箱を超える数をやっていたことがあるとか。ミツバチの育て方についても話し出すと止まらない。事細かにその生態や修正、育て方などを教えてくださる。


イノシシの個性を感じるその感性で、ミツバチたちの個性もちゃんと感じているのが印象的だった。


「巣箱ごとに違うんだよ。朝早くから出ていく群れもあれば、9時前に行ってさっさと帰ってくる群れもある。人間と一緒。性格が違うんだ。女王蜂でも、普通は3年生きるっていうけど、おれは1年しか使わない。よく働くのを選んで次を育てるんだ。慣れてくればひと目で分かる。」


個性や性格は人間に特有なものだと思われがちだけれど、一さんの話を聞いていると、ミツバチの群れの話も、人間の会社の話に思えてしまうほどに「人間味」豊かだ。


循環する環境を遺すために


そんな一さんは、この60年での山の変化を誰よりも肌で感じている。


昔はどこの山でも木を切っていた。炭にするだけでなく、それにより次世代の木々が育つ。


そしてそこで動物たちが隠れたり食べ物をとったりする。そうして豊かな山を育てるためだった。


それが植林政策などの影響で、実の成らない大きな木ばかりになり、動物たちの餌場も隠れ家もなくなり、動物たちが里に降りてくるようになった。


動物たちにとって、民家のそばのほうが隠れる場所もあり、畑で食料も簡単に手に入るようになったのだ。


「荒れた山を整備するのに、何も知らない素人が委託事業で入ってきて”何ヘクタールに何本の木を残します”ってやっていたって、大切な木を切ってしまって全然森のためになっていない。おれがせっかく植えた苗木も切られちまって。それはおれが勝手にやっていることだからいいんだけれど、悔しいのは、その横に生えてる何の役にも立たない木が切られていないことなんだ」と嘆く。


「山を知っているやつが山のことを決めなくちゃ」


そのことから自然に、一さんは行政の方にも声をあげるようになり、山に今どんな政策が必要かを積極的に伝えていく。その姿勢は、地域づくりにおいても変わらない。地域になにが必要か、把握し、声を届け、実現させていくために力を尽くす。


私たちの住む山北町共和地区には、福祉バスが走る。その福祉バスの運行に尽力し、80歳過ぎまでその運営も務めた。


「もう80過ぎたから乗せてもらう側になりたいよって言って、やっと辞めたんだ」


自然界と人間界の”適材適所”


「適材適所」・・・一さんの話を聞いていると浮かんでくるキーワードだ。


イノシシやミツバチや人間。


観察していると見えてくる、自然の摂理。

その中でのその動物の役割。その中でのそれぞれの個性。


人間は、人間界に生きているだけでなく、それと同時に今だって自然界の一部なのだ。


人間/自然の区別など、人間が勝手につくり出したもの。「自然は自然のままに」という「手付かずの自然幻想」も、山北に来てから私の中で大幅に見直しを迫られている。


森の動物としての人間の役割を、人間は放棄していないだろうか?


きっと、海でも同じ問いかけがされているだろう。


地球が森や海とともにあるために、人間は人間としてのみできる関わり方で、山や海で知識や経験を蓄え生きてきた。そこに住まう命とともに人間としての役割を果たしてきた。


これまでもずっと。そして、これからもずっと。


13歳のときの父親の背中を追いかけて、今も森に苗木を植え、森を育て、人を育てる活動に力を入れている。一さんは現在81歳。


ーそれで福祉バス、使いましたか?


私からの問いかけに「いや、まだだ」そういってニヤリと笑う瞳の奥には、まだまだご自身のハンドルは手放せない、そのやんちゃさがあらわれていた。


ミツバチについてお話中

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